賃貸オフィスコラム
ウェルビーイングの科学 照明・植栽・休憩室が社員のメンタルに与える影響
1. はじめに
初めて賃貸事務所を探すときは、賃料、広さ、駅からの距離などを中心に物件を比較することが一般的です。
しかし、社員が長い時間を過ごす場所だからこそ、室内の明るさや休憩のしやすさ、気分転換できる環境についても考える必要があります。
オフィスにおけるウェルビーイングは、単なる福利厚生や雰囲気づくりではありません。採用力や社員の定着率、生産性にも関わる経営上の課題です。
経済産業省は「健康経営オフィス」を、働く人の心身の調和と活力の向上を図り、一人ひとりがパフォーマンスを最大限に発揮できる場所としています。
また、厚生労働省は、ワーク・エンゲージメントを「活力」「熱意」「没頭」の3つの要素で説明しています。
つまり、照明、植栽、休憩スペースは、単に見た目をよくするための設備ではありません。社員が健康に働き、仕事に集中するための基本的な環境です。
ここでは、賃貸事務所を初めて検討する方に向けて、ウェルビーイングを意識した物件選びのポイントを5つの項目に分けて解説します。
1.オフィス環境は数字で考える
オフィス環境は、感覚だけではなく、一定の数値をもとに評価できるものです。
最近の研究では、29棟のオフィスビルに入居する61社、1,644名を対象に、オフィス環境と経済損失の関係が分析されました。
その結果、オフィス環境の評価が低いグループでは、年間1人当たり189.2万円の経済損失が発生すると推計されています。
一方、評価が高いグループの経済損失は、年間1人当たり85.3万円でした。2つのグループの差は約100万円です。
ここでいう経済損失には、社員が出勤していても、心身の不調などによって本来の能力を十分に発揮できていない「プレゼンティーズム」や、作業効率の低下などが関係しています。
賃貸事務所を検討するときは、「きれいで快適そうか」という印象だけでなく、「社員が集中して働けるか」「疲れや不調による損失を減らせるか」という視点を持つことが大切です。
照明、植栽、内装などに関する主な調査結果を整理すると、次のようになります。
表1:オフィス環境に関する主な数値
| 指標 | 数値 | 賃貸事務所を選ぶ際の読み解き方 |
|---|---|---|
| オフィス環境の評価が低いグループの年間経済損失 | 189.2万円/人・年 | 働きにくい環境は、社員の作業効率低下につながる可能性がある |
| オフィス環境の評価が高いグループの年間経済損失 | 85.3万円/人・年 | 「制度はあるが常時ではない」運用を含めた実態把握に使える | テレワーク導入企業割合 | 47.3% | 良好な環境を整えることで、経済損失を抑えられる可能性がある | 明るさのムラを改善した場合の経済便益 | 14.5万円/人・年 | 照明は明るさだけでなく、場所によるムラも重要である | 内装・インテリアを改善した場合の経済便益 | 22.5万円/人・年 | 室内全体の質も社員の作業効率に関係する | 植物設置実験の対象人数 | 41名 | 実際のオフィスで行われた検証の規模を示している | 植物設置実験の緑被率 | 約10% | 室内で見える範囲の約10%に植物を配置した実験である | 植物設置実験の期間 | 9サイクル(1サイクル2週間) | 一時的な印象ではなく、一定期間をかけて検証している |
特に、賃料が安いという理由だけで物件を決めてしまうと、室内が暗い、空調を調整しにくい、休憩する場所をつくれないといった問題が入居後に分かることがあります。
毎月の賃料だけではなく、そこで働く社員への影響まで含めて比較することが重要です。
2.照明は明るさだけでなく、ムラやまぶしさも確認する
照明は、オフィス選びで見落とされやすい一方、社員の働きやすさを支える基本的な環境要素です。
厚生労働省の資料では、一般的な事務作業を行う場所は300ルクス以上、付随的な事務作業を行う場所は150ルクス以上という照度基準が示されています。
ルクスとは、机や床などに届く光の明るさを表す単位です。
ただし、一般的な事務作業で300ルクス以上を確保していれば、それだけで十分に働きやすいとは限りません。
前述した法政大学と東急不動産の研究では、プレゼンティーズムの軽減に特に影響したオフィス環境の要素として、「デスク周辺の明るさのムラ」が挙げられています。
明るさのムラが改善されることで、年間1人当たり14.5万円の経済便益が生じると推計されました。
そのため、賃貸事務所の内見では、室内全体が明るいかどうかだけでなく、窓側と室内の奥で明るさに大きな差がないか、照明や日光がパソコン画面に映り込まないか、強い西日が入らないかといった点も確認する必要があります。
実際にデスクを置く予定の場所まで移動し、その位置で明るさやまぶしさを確認するとよいでしょう。
また、照明の増設や交換、ブラインドの設置が可能かどうかも、契約前に貸主や管理会社へ確認しておくことが大切です。
照明は、法令上の最低基準を満たしているかだけで判断するのではなく、室内の明るさのムラやまぶしさまで含めて検討しましょう。
3.植栽は置くだけでなく、量と配置を考える

オフィスに植物を置くと、室内の印象がやわらかくなり、社員が気分転換しやすい環境をつくれます。
ただし、植物を置けば必ず生産性が上がるというわけではありません。
日本建築学会の論文では、京都市内にある実際のオフィス2室で、コールセンター勤務22名と一般事務勤務19名の合計41名を対象とした実証実験が行われました。
実験は2016年3月末から9月初旬まで実施され、2週間を1サイクルとする9サイクルで、植物がない場合との比較も行われています。
植物は、室内で見える緑の割合が10%程度になるように配置されました。
その結果、花のある植物を配置した場合には、女性の視覚疲労を和らげる効果が確認されました。
また、葉物植物を配置した場合には、眠気を減らす効果が示されています。
一方、単純作業の結果や1時間当たりの電話対応件数については、明確な生産性向上は確認されませんでした。
この結果から、植栽は仕事の成果を直接的に高める万能な方法ではないものの、目の疲れや眠気などを軽減し、心理面や身体面の負担を和らげる可能性があると考えられます。
賃貸事務所を選ぶときは、植物を置く場所があるかどうかだけでなく、通路や避難経路をふさがずに配置できるか、自然光が入るか、空調の風が直接当たらないか、水やりや清掃を無理なく続けられるかまで確認することが重要です。
また、エントランスや廊下などの共用部分には、入居者の判断だけで植物を置けないことがあります。
共用部分への設置を希望する場合は、貸主や管理会社へ事前に確認する必要があります。
4.休憩スペースは、社員が実際に休める場所にする
休憩室やリフレッシュスペースは、室内の余った場所につくればよいものではありません。
社員が仕事から離れ、心身を回復させるための設備として考える必要があります。
パーソル総合研究所の定量調査では、休憩しない人は、休憩する人に比べてプレゼンティーズムの発生割合が最大15.0ポイント高いという結果が示されています。
また、「休めていない」と感じている人は、「休めている」と感じている人よりも、プレゼンティーズムの発生割合が最大16.3ポイント高くなっています。
休憩の過ごし方別では、プレゼンティーズムの発生割合は、誰かと交流しながら休む「交流タイプ」が15.6%であるのに対し、不本意な過ごし方をしている「不本意タイプ」は21.0%、仮眠を中心とする「仮眠タイプ」は22.0%でした。
さらに、誰かと一緒に休憩する人が利用する場所は、「休憩室」が44.6%、「社外のカフェ」が17.2%でした。
一方、ひとりで休憩する人は、「自分のデスク」が53.2%と最も多くなっています。
この結果から、休憩室は設置されているだけでは不十分であり、社員が自分のデスクから離れて休みやすい場所にあることや、ひとりでも複数人でも利用しやすい環境になっていることが重要だと分かります。
独立した休憩室を確保するのが難しい場合でも、執務スペースの一角にソファやテーブルを置くことで、休憩できる場所をつくれる場合があります。
賃貸事務所の内見では、現在の間取りだけでなく、家具や間仕切りを設置して休憩スペースを確保できるかどうかも考えてみましょう。
なお、日常的に休憩や食事をするスペースと、体調不良者などが横になれる休養室または休養所は、目的が異なります。
一定の従業員規模に該当する場合は、男女別の休養室または休養所の設置が必要になる可能性があります。
実際の設置義務や必要な設備は、従業員数や事業所の状況によって確認が必要です。
該当する可能性がある場合は、契約前に管轄機関や専門家へ確認することが大切です。
5.内見では「集中・回復・気分転換」で判断する
経営者や総務担当者が賃貸事務所を比較するときは、賃料や駅からの距離だけでなく、社員が集中できるか、疲れたときに回復できるか、無理なく気分転換できるかという視点を持つことが大切です。
照明については、一般的な事務作業に必要とされる300ルクス以上の明るさを確保しやすいかを確認します。
それと同時に、窓や照明の位置、予定しているデスクの配置を考え、明るさのムラやまぶしさを抑えられるかも確認しましょう。
植栽については、単に植物を置けるかどうかではなく、通路や避難経路を確保したうえで、適切な量を配置できるかを考えます。
入居後も水やりや清掃などの管理を続けられるかという点も重要です。
休憩スペースについては、室内の余った区画を利用するのではなく、社員が自分のデスクから離れて休める場所を確保できるかを確認します。
ひとりで静かに過ごしたい人と、社員同士で会話したい人のどちらも利用しやすい配置が理想です。
内見時に確認したい主な基準と参考値を、次の表にまとめました。
表2:物件内見時に確認したいウェルビーイングの基準
| 確認項目 | 数値基準・参考値 | 内見時の確認ポイント |
|---|---|---|
| 一般的な事務作業を行う場所の照度 | 300ルクス以上 | デスクを置く予定の場所に十分な明るさがあるか確認する |
| 付随的な事務作業を行う場所の照度 | 倉庫やコピー機周辺などが暗すぎないか確認する | テレワーク導入企業割合 | 47.3% | 良好な環境を整えることで、経済損失を抑えられる可能性がある | 休養室などの設置基準 | 常時50人以上 | 従業員数に対して休養室などが必要か確認する | 女性用休養室などの設置基準 | 常時女性30人以上 | 男女別に休養できる場所を確保できるか確認する | 休憩しない人のプレゼンティーズム発生割合 | 最大15.0ポイント高い | 「休めていない」と感じる人のプレゼンティーズム発生割合 | 最大16.3ポイント高い | 休憩スペースの有無だけでなく、実際の使いやすさも確認する | 誰かと休憩する人の休憩室利用率 | 44.6% | 複数人でも利用できる休憩スペースを確保できるか確認する | ひとりで休憩する人が自席を選ぶ割合 | 53.2% | ひとりでも自席以外で休める場所をつくれるか確認する |
希望するオフィス環境をつくるためには、照明の増設、ブラインドや間仕切りの設置、壁や床の変更などが必要になる場合があります。
ただし、賃貸事務所では、契約内容や管理規則によって工事が制限されることがあります。
入居後に変更できると思っていた設備が変更できないという事態を防ぐためにも、希望する工事やレイアウトを物件担当者に伝え、工事の可否や原状回復の範囲を契約書や管理規則で確認しておきましょう。
まとめ
ウェルビーイングオフィスは、感覚的な「居心地の良さ」だけを考えるものではありません。
社員が健康に働き、集中力や仕事への意欲を保つための環境づくりです。
照明については、一般的な事務作業で300ルクス以上という基準に加え、明るさのムラを改善することで、年間1人当たり14.5万円の経済便益につながる可能性が示されています。
植栽については、実際のオフィスで緑の割合を10%程度にした実験により、視覚疲労や眠気の改善が確認されています。
ただし、植物を置くだけで必ず生産性が向上するわけではないため、無理のない量と配置、管理方法を考える必要があります。
休憩スペースについては、休憩しないことや、十分に休めていないと感じることが、プレゼンティーズムの悪化と関係しています。
休憩室があるかどうかだけでなく、社員が自席から離れて実際に利用しやすいかどうかが重要です。
初めて賃貸事務所を選ぶ際は、賃料、面積、駅からの距離に加えて、「照明計画」「植栽の置き方」「休憩の取りやすさ」を比較項目に加えてみましょう。
照明、植栽、休憩スペースを別々の設備として考えるのではなく、社員の集中と回復を支える一つの環境として捉えることで、社員満足度の向上とメンタルヘルス対策を両立しやすくなります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【執筆者プロフィール】
株式会社TFC オフィス営業担当
宅地建物取引士 山崎
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━